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2023.2.1
28801 企画:上野公園を歩く
▼上野公園から根津にかけて散策。
・古い友人たちと歩く。天気晴。
2021.9.20 walk
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▼上野公園から根津にかけて散策。
・古い友人たちと歩く。天気晴。
2021.9.20 walk
【 上野アメ横 】
▼アメ横入口
・JR山手線御徒町駅北口改札に集合。
・春日通りを渡れば、すぐにアメ横。
・アメヤ横丁の略称。右側はJRの線路。
・高架下に広がる商店街といえばそうだが、昔から「アメ横」という独自の空間である。
・そもそもの発端は戦後のヤミ市。昭和を引きずっている。
▼二木の菓子
・この辺りの中心は「二木の菓子」。
・右側に摩利支天の寺院。
・安価な袋菓子が大量に売られている。
・小学生の遠足の際、アメ横に買いに来た。
・総額100円などというルールがあった。
・そこでアメ横で共同購入し計算した。
▼徳大寺
・摩利支天徳大寺という。
・正面に二木の菓子の巨大看板。
・JR御徒町〜上野間からも見える。
▼中田商店
・昔から有名な中田商店。
・米軍の放出物などがいっぱい。
・昔は少年雑誌にも広告が出ていた。
・掘り出し物が多彩。手前はズタ袋。
▼中田商店
・ふだん知らない世界情勢が透けて見えた。
・と言ったらオーバーか。
・真上はJR山手線(京浜東北線)
▼海産物など
・親たちの買い物。
・海産物などを正月に備えて買いに来る。
・今でも海産物を扱う店は多い。
▼エスニック
・アジア各地の食材店も多い。
・今では高級スーパーで取り扱っている食品も、かつてはここへ買いに来たようだ。私の実家はバリバリの和風であったから、ほとんど縁はなかったが。
・ここも世界への入口。
▼アメ横
・上野駅に近いエリア。
・御徒町方面を振り返る。
・飲み屋も増えてくる。
▼アメ横の端
・このあたりは両側が線路です。
・少し行くと上野駅正面口。
・アメ横もそろそろ終わり。
【 上野公園 】
▼上野駅線路下
・上野駅正面口(アメ横側)から交差点を渡る。
・外装工事をしているのは「聚楽」のビル。
・ここを越えると雰囲気は大きく変わる。
▼上野駅公園口
・正面の坂を登ると上野駅公園口。
・電車はJR京浜東北線。
▼上野駅公園口
・UENO STATION。
・白黒にしたら昭和にスリップ。
▼上野公園への階段
・左は京成上野駅。
・右の階段を登ると上野公園の末端に出る。
・左側が正面。今回は階段を登る。
・上野公園HP(東京都建設局)
▼噴水
・いくつか噴水(というより人工流水)
・枯葉が集まっていた。良き哉。
▼西郷像
・これが有名な西郷隆盛像。
・目印としては、渋谷のハチ公と競う。
・戦災(とりわけ東京の空襲)を想起させる。
・焼け出された人たち、とりわけ子どもたちの目印。「はぐれたら上野の西郷さんのところへ行くんだよ」
▼西郷像
・造形は少々苦手。
・西郷自体への関心は強いのだがね。
▼彰義隊の墓所
・彰義隊は上野戦争の敵役。
・封建的主従関係(御恩と奉公の関係)が基本である武士の論理からすれば、江戸城があるのに戦わずして降伏などできぬ。
・江戸開城後に上野の山(現在の上野公園)の立てこもった彰義隊の悲劇を何と理解すべきか。
▼王仁博士の碑
・ワニと読みます。
・6世紀、日本に儒教を伝えた人。
・五経博士の一人。なぜここにあるのか。
▼王仁博士の碑
・写真はかなり補正した。それでもこの程度。
・横書きの表題は「博士王仁碑」とある。
・説明は省略。
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・古代史は以下のように理解する。
・5世紀 倭の五王
・6世紀 仏教伝来
・7世紀 推古朝、大化改新、天武・持統朝
・8世紀 奈良時代
・仏教も儒教も6世紀に伝来した。
【 池の端 】
▼池の端を望む
・清水観音堂から西側を見る。
・中央は草原ではなく、池の端の植物。
・では下っていこう。
▼不忍池のハス
・かなり密生している。
・夏が終わり枯れていくのか。
・でもハスは完全には枯れない。
・池の場所によって、だいぶ感じが違う。
▼不忍池のハス
・白黒にしたら別の感じがする。
・むしろ盛夏のころのようすに見える。
▼弁天堂の提灯
・池の端の中心に弁天堂がある。
・わけあってつい見入ってしまった。
・これは弁天堂への寄付による。
▼弁天堂
・弁天堂は天台宗の寺院。
・寛永寺の弁天堂だそうだ。
・風があり、布がはためく。
▼包丁塚
・弁天堂の脇にかような石碑がある。
・包丁塚とのこと。
・使用済みの古びた包丁を供養したのか。
・もちろんこのような包丁塚は各地にあります。
▼鳥塚
・ところがですね。
・包丁塚の近くにかような鳥塚。
・包丁にやられた方も供養したのか。
・検索をしない方が想像が膨らみますね。
【 上野公園(続) 】
▼上野公園
・台湾フェスティバルが開催されていた。
・立ち寄らなかったが、楽しそう。
▼上野公園噴水
・正面は東京国立博物館。
・緊急事態宣言とはいえのどかなものだ。
▼上野公園噴水
・博物館前には広い空間がありそこに噴水。
・ここがいちばん広さを感じさせる場所だ。
・1877(明治10)年、内務卿大久保利通は、西南戦争の勃発という難局においても、こちらが重要だとして、殖産興業政策を進めた。
・具体例が、第一回内国勧業博覧会の開催である。
・場所は上野の山。たぶんこの噴水のあたりが中心であろう。
▼東京国立博物館
・略して東博。
・この日は特別展「最澄と天台宗のすべて」
▼黒門
・池田家上屋敷表門(黒門)
・国立博物館の隣(芸大寄り)
・横に長い、とても立派な門です。
▼黒門
・白黒化しました。
・鳥取藩(32万石)池田家江戸上屋敷の正門を移築した。
・もとは現在の丸の内にあったとのこと。
▼国際子ども図書館
・国立国会図書館:国際子ども図書館
・HP:国際子ども図書館 建物のページ
・唯一の国立児童書専門図書館
▼国際子ども図書館
・正面からの写真
・こちらに立派な写真あり 建物のページ
・ちょっと圧倒されます。
▼寛永寺常憲院霊廟勅額門
・5代将軍徳川綱吉の霊廟
・綱吉没後の宝永年間に建設された。
▼京成電鉄動物園駅の遺構
・昔ここに駅があった。
・地下まで降りていく入口。
・万世橋駅と同じように近すぎて廃止されたのか。
▼東京芸術大学
・これは音楽学部正門。
・道を挟んで美術学部。
・この日は大学院の入試らしい。
▼谷中霊園
・遠くにスカイツリー。
・蚊がいなければ、霊園もなかなか楽しい。
▼慶喜墓所
・最後の将軍徳川慶喜の墓所。
・左が慶喜、右が正室の墓。
・慶喜は明治後期まで生きた。
・当時はめずらしい写真を趣味とした。
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・慶喜の評価は二分する。
・武家政権をうまく終わらせた。
・武家の棟梁として、最後に戦いを放棄した。
▼谷中小学校
・都会の小学校としてもめずらしい外観。
・千駄木へ下る坂の途中にありました。
【 根津神社から本郷へ 】
▼千駄木から根津へ
・不忍通りを南下し、根津神社をめざす。
・住宅地に入ると意外な巨木。
▼根津神社の能舞台
・けっこう立派な能舞台。
・落ちついた建物で好感がもてる。
▼弥生式土器
・「弥生式土器発掘ゆかりの地」との表記
・場所は本郷弥生町。根津から上がる坂の途中。
・同様の碑は、この付近にもう一つある。
・弥生土器の名称が妥当であったあどうかは別にして、明治以降なじんでしまっている。
・現在は「弥生土器」ということが多い。
・また時代の呼称としては「弥生文化」とする。
・その特徴は「稲作」と「金属器」
▼東大の三四郎池
・元は加賀藩屋敷の心字池。
・明治以降は東京帝国大学構内。
・夏目漱石『三四郎』の舞台で著名に。
・結構高低差がある。
・まったく人がいないとなかなか深遠。
▼三四郎池
・場所を移動。
・手前のエリアには鯉が集まる。
・蚊の名所でもある。
・ここにも人はいない。
▼東大龍岡門のあたり
・左側は体育館
・ 東大病院に近いので調剤薬局が3店舗あり。
▼文京区立総合体育館
・以前は龍岡門から塀沿いに下った場所にあり。
・とてもモダンな外観、体育館に見えない。
・ここは昔は文京区立第四中学校。
・二中と統合し本郷台中に改編。
・写真左側に本富士警察署があり、そこは春日通りに面している。