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2024.12.21
東京 553 麟祥院
▼麟祥院と春日局
2023.03.01 walk
2024.12.21 mentenance
・文京区湯島の麟祥院
・近くで育ったのに実質的には初めて。
・臨済宗妙心寺派の禅寺
・麟祥院HP
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▼麟祥院と春日局
2023.03.01 walk
2024.12.21 mentenance
・文京区湯島の麟祥院
・近くで育ったのに実質的には初めて。
・臨済宗妙心寺派の禅寺
・麟祥院HP
【 麟祥院を訪れる 】 2023.3.1 walk

▼麟祥院01
・春日通りに面した湯島の麟祥院。
・将軍家光乳母の春日局を祀る。
・近くで育ったのに、実質初めて。

▼麟祥院02
・春日通りに面した場所。
・初めて見る像があった。
・またこんなものを ・・・ と思ったが、
・造形は、案外悪くないかななどと。
・春日局にしては、かなり若いです。
・奥の門が麟祥院。
・右は迷路のような小道。その先は無縁坂。

▼麟祥院 03
・すっきりした山門です。
・坐禅の文字が強烈。
・左に「春日局終焉之地」の碑。

▼麟祥院 05
・入ってから左に導かれる。
・けっこう境内が広いのが意外。
・左側に慰霊碑(後出)
・正面に白い案内板。
【 春日局の墓 】

▼麟祥院 06
・案内板の拡大図。
・稲葉家だけでなく、堀田家も?
・このあたりは一族のエリアか。

▼麟祥院 07
・春日局の墓所。
・遠くに見える、穴の空いた墓石。

▼麟祥院 08
・近づいてみよう。
・石で高くしてある。
・なかなか雰囲気がよい墓所だ。

▼麟祥院 09
・これが春日局の墓。
・墓石の四方と台石には穴がある。
・縁起によれば
「死して後も天下の政道を見守り之を直していかれるよう黄泉から見通せる墓を作って欲しい」という春日局の遺言に沿って建てられたらしい。

▼麟祥院 11
・春日局についての説明板。
・これをもとに概要を記す。
《 春日局 》
・明智光秀の重臣斎藤利三の娘。
・幼名は福。
・稲葉正成に嫁ぎ、三子をもうける。
・1604 家光(秀忠長男)の乳母となる。
・禄として3000石を賜る:かなり多い
・このころ
1600 関ヶ原の戦い ・・・ 徳川氏の覇権
1603 家康、将軍(征夷大将軍)となる
1604 福、家光の乳母となる
1606 秀忠、二代将軍となる
家康は駿府に隠居:大御所
伝承にすぎないが
→ 福は竹千代後継を家康に直訴
1615 元和偃武:豊臣氏の滅亡
1616 家康没
1623 家光、三代将軍となる
(秀忠とともに上洛)
秀忠は大御所に。
福は大奥の整備に尽力する
1629 福、家光の疱瘡回復祈願に
伊勢参詣。続けて上洛。
後水尾上皇から「春日局」
を賜る
1632 大御所秀忠没
1643 福、64才で没す。
法号は麟祥院。墓所を麟祥院と称す。
1651 家光没。後継は幼年の家綱。
(文治主義への転換の契機となる)
・家光と春日局関係をチャート化しました。
Illustrator での制作です。
・チャートはもう1枚作る予定です。

▼麟祥院 13
・春日局の墓の左隣にありました。
・正厳院(万菊:稲葉正則の正室)の墓。
・稲葉正則は春日局の孫。老中。
【 境内のようす 】

▼麟祥院 16
・地蔵が六体。六地蔵か。
・なかよく並んでいらっしゃる。

▼麟祥院 17
・これもおもしろい樹相。
・苔の上に新芽が伸びる。

▼麟祥院 18
・東京のお寺に多い。
・「大正大震災横死之碑」
・1923.9.1 の関東大震災をさす。

▼麟祥院 19
・その右隣。
・「中華民国留学生癸亥地震遭難 ・・・ 」
・以下読めず。癸亥は1923年をさす。
・中華民国十三年とも記載あり。
・さらに右隣。
・「神田火災死亡者記念碑」
・「明治二十五年四月十日」とも記載。

▼麟祥院 26
・庫裡から本堂のあたりを望む。
・春を感じます。

▼麟祥院 29
・山門を振り返る。
・短い時間だが、見どころ満載でした。