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2025.1.5
20305 虎ノ門
▼金刀比羅神社と愛宕神社から扱う。
・以後、少しずつ増やします。
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▼金刀比羅神社と愛宕神社から扱う。
・以後、少しずつ増やします。
【 金刀比羅神社 】
▼今年のお札 2025.1.1
・虎ノ門の金刀比羅神社のお札。
・年末に参拝して、もらってきました。
・力強い字でご利益がありそうです、
▼金刀比羅宮 2016.8
・まず鳥居をチェックする。
・その後ろに金属の巨大な柱。
・ビルは虎ノ門琴平タワー。
・琴平は金刀比羅宮のある町。
・四国、讃岐国丸亀藩の領域。
▼金刀比羅宮 2016.8
・正面近くから見るとこんな感じ。
・鳥居と金属の柱が重なるイメージ。
・鳥居が先に存在し、後でビルが覆ったのか。
・ところがさほどの違和感はない。
▼金刀比羅宮 2019.12.29
・これは裏側?の鳥居。
・「金刀比羅宮」と掲げてあります。
・虎ノ門の金刀比羅宮は、江戸庶民に親しまれた小さな神社です。丸亀藩主が江戸の藩邸に勧請したもので、本宮はもちろん讃岐国琴平にある金刀比羅宮です。
▼金刀比羅宮 2019.12.29
・これは敷地の中の鳥居。
・本殿に続く鳥居の向かって左の柱。
・亀ですね。
▼金刀比羅宮 2019.12.29
・本殿に続く鳥居の向かって右の柱。
・鳥ですね。
▼金刀比羅宮 2019.12.29
・ビルの谷間にあって立派なたたずまい。
・意外と好みです。
▼金刀比羅宮の由来 2019.12.29
・まず驚くのは設計者です。
・伊東忠太。築地本願寺設計者でもある。
・日本最初の建築史家との表現。
・古来の設計技法が随所に用いられている。
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・権現造であるが、複雑になっている。
・本殿、拝殿、幣殿などが合わさる、
▼百度石 2016.8
・御百度参りで使われたとのこと。
・「大願成就」とある。
・「元治元甲子年十二月吉日」と記す。
・元治元年は1864年。干支は甲子。
▼百度石の説明 2016.8
・お百度参りのわかりやすい説明。
・現在でも参る人はいるだろう。
【 愛宕神社 】
▼愛宕神社の位置 2019.12.29
・愛宕神社は全て「日本の近代を歩く」
・標高26mの小高い丘につくられ、そこに登る急傾斜の石段(出世の石段)が有名。虎ノ門ヒルズ駅の近く。
▼愛宕神社 2019.12.29
・このときは愛宕神社に再集合した。
・後方の丘が「愛宕山」都内の最高地点。
・かつては江戸中が見渡せたとのこと。
・東京放送局(NHK)もここに開局。
▼愛宕神社 2019.12.29
・これが出世の階段。正面から。
・鳥居の赤とわずかな黄色、差し込む光。
・割とお気にいり。
▼愛宕神社 2019.12.29
・階段前の狛犬。
・これは阿形。
▼愛宕神社 2019.12.29
・階段前の狛犬。これは吽形。
・右の階段は女坂。こちらもけっこう急坂。
▼愛宕神社 2019.12.29
・正面から、人がいないタイミングで。
・「トレーニング禁止」がリアル。
・下りで転倒したら大変だ。
▼愛宕神社 2019.12.29
・上部で、横上を撮影した。
・階段の段差が大きい。
▼曲垣平九郎 2019.12.29
・「出世の石段」の由来は曲垣平九郎。
・馬で上り下りした故のこと。
・馬も怖かったろうに。
▼愛宕神社 2019.12.29
・混んでいたので参拝せずに反対側へ。
・こちらもけっこう急だった。
▼玄白の墓所 2019.12.29
・愛宕神社の裏手を下ると寺あり。
・猿寺栄閑院に杉田玄白の墓あり。
・江戸後期、寛政の改革の少し前。
・洋学の起源ははっきりしている。
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・『ターヘルアナトミア』の驚き。
・杉田玄白、前野良沢、中川淳庵。
・本を片手に腑分けに立ちあった。
・えっ、本の図と同じじゃないか。
・興奮した彼らは、帰り道で約束。
・ねえねえ一緒に訳してみようよ。
・ああでもない。こうでもないぞ。
・1774年『解体新書』として刊行。
・日本における洋学発祥の話です。
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・後年玄白は『蘭学事始』で回想。
・一滴の油散じて満池に及ぶとや。
・洋学の隆盛を振り返って記載す。
▼玄白の墓所 2019.12.29
・寺の一番奥に玄白の墓があった。
・この日も花が供えられていた。
・文京ふるさと歴史館HP
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・文京区観光協会HP