7 こあらHP:東京・佃島   
20201 佃島

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 2023.2.1

 20201 佃島

▼新たに佃島のページを制作
・日本の近代を歩くnew01と
・隅田川にかかる橋を元に
 古い写真を加えて独立させます。

▼日本の近代を歩くnew01
・2021.12.29 実施 元のページ

▼隅田川にかかる橋
元のページ

contents

 

【 01 佃島 】

▼佃島map
・佃大橋で隅田川を渡り佃島へ。
・ここは祖母のルーツ。
・江戸〜明治の情緒が残る独特の町。
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・江戸初期に摂津国佃村の漁民が開いた。
・そこの保存食が「佃煮」
・住吉神社の祭りは荒々しい。
・隅田川最後の渡し船が「佃の渡し」
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・神社の向こう側が石川島。
・寛政の改革の「人足寄場」
・近代は造船業、機械工業
・石川島播磨重工業(IHI)
・今はベイエリアのタワーマンション

 

 

【 02 佃の渡し 1964 】

▼佃島渡船の標石
・古い写真を発見。
・明石町側の標石か?

 

▼渡し船
・隅田川をわたり、佃島に向かう。
・たぶん1964年のこと。
・昭和39年、東京オリンピックの年。
・佃大橋の完成に伴い、渡しは廃止される。

 

▼佃島
・佃島に到着します。
・東京都のマークが見える。
・都営の交通機関だったことがわかる。
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・かつては隅田川に、多くの渡し船があった。
・最後に残ったのが佃の渡し。
・戦後20年近くも存続したことが驚きだ。

 

 

 

★ここからは「日本の近代を歩く」の一部分

 

【 03 佃島 】

▼佃島map(再掲)
・佃大橋で隅田川を渡り佃島へ。
・神社の向こう側が石川島。

 

▼佃大橋
・隅田川手前、明石町から佃大橋。
・完成は1964年、東京オリンピックの年。

 

 

▼佃島渡船
・橋のたもとに「佃島渡船」の碑。
・碑文で、以前の景観を知っているのは貴重。
・幼児のころ、何度も渡った記憶がある。

・簡素な碑で好ましい。
・ということは佃島側にもありそう。

 

 

▼佃大橋
・橋そのものとしては平凡だ。
・などと勝手な感想。

 

▼佃大橋から佃島
ありきたりのように見えるが。
・さにあらず。
・中央に天安の看板。お店は左側の瓦屋根。
・遊歩道の階段のあたりが船着場でした。

 

 

▼佃島から石川島
・佃大橋からの景観。
・左の大きな建物群があるあたりが石川島。

・寛政の改革における人足寄場で有名。
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・大川端リバーシティ21 の高層住宅群。
・石川島播磨重工業(現IHI)の跡地。
・東京ウォーターフロント開発の最初である。
・三井不動産と住宅公団、都住宅局が関わる。
・1986〜2010の工事で、現在の景観が成立。

 

 

▼住吉神社の鳥居
・川に面して立つ住吉神社の鳥居。
・摂津国から漁民とともにやってきた。

 

 

▼佃大橋から
・一つ前の写真と似ている。
・右は石川島、正面は中央大橋。
・その右に、わずかに永代橋。

 

 

▼住吉水門
・先ほどの写真と似てはいるが。
・実は大きく異なる。
・鳥居の左側に「住吉水門」とある。
・石川島との境の水路。
・水が溢れないように開閉するのだろうか。

・右に佃煮の「丸久」

 

 

▼佃島map(再掲)
・「住吉水門」位置を確認してみよう。

 

 

▼佃大橋から
・橋の佃島寄りから隅田川上流を望む。
・中央大橋、永代橋、スカイツリー。

 

 

▼佃大橋から隅田川下流
・次の橋は勝鬨橋
・かちどき橋と読む。
・開閉式の橋だが、実際には開閉しない。
・右側は明石町。聖路加タワーはすごい。
・上部の通路は渡るには勇気が必要だ。
・左側は月島。

 

 

▼天安
・子どものころからの佃煮
・祖母が佃島の出身で、家に常備。
・縁があったのが天安でした。
・佃島だから佃煮。元は漁師町の保存食。
・佃でも佃煮屋さんは三軒だけと教わってきた。
  ・天安:てんやす
  ・佃源:つくげん 田中屋
  ・丸久:まるきゅう

 

▼天安
昔から、五十年前から、こんな感じ。
・風情があります。
・私の家は、ひたすら「こぶ」と「あみ」
・私の今の好みは「こぶ」と「あさり」

 

▼天安の包み紙
天安の包み紙は、大昔から変わらない。
・包み紙の中は、ビニール袋だけの包装。

 

▼天安の佃煮
お正月にいただきました。
・ごはんの上に直接盛りつけて。
・あさりの食感とこぶの照りがいいです。
・お世話になった元同僚の方、
 送っていただき、ありがとうございました。
・懐かしく、またおいしかったです。


 

▼江戸時代の佃島map
・実際の掲示板から作成。
・光っているのはガラスの反射。
・隅田川(大川)河口の先っぽの島。
・佃島と石川島
・橋は、永代橋、新大橋、両国橋のみ。
・あと柳橋も探してみるといいです。

 

▼隅田川に沿って
・渡し船の碑があった。
・画像はない。これは地図。

 

 


▼住吉神社
・赤い鳥居。
・構図が自慢です。

 

 


▼住吉神社
・これが住吉神社。
・摂津国の住吉大社(住吉天満宮)から分祀。
・住吉神社HP:住吉神社について
佃島の由来がわかります。

・本家の住吉大社は海の神様を祭ります。
・住吉大社HP:住吉大社の歴史

 


▼住吉神社
・本殿のようす

 


▼住吉神社で思い出す
・赤い鳥居の向こうが隅田川。
・小学校3年生か、住吉神社の大祭。
・この年、「佃の渡し」がなくなる。
・住吉神社の祭りは雌雄の獅子で戦う。
・小銭を薄紙に巻いて、敵に投げていた。
・額から血を流していたように憶えている。
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・家族で見にきて、祖母の知人の家の2階。
・たしかお千代さんっていう人の家。
・その家は、この写真では右側か?
・そこは住吉神社の参道。そこから見ていた。
・でもうろおぼえ。とても怖かった。
・今、赤い鳥居から参道を歩いた時の違和感。
・え、サイズが違う。こんな短かったんだ。

・今は妄想、子どもとしては現実。

 


▼住吉神社
・当然のことながら「住吉造」である。
・簡素で好ましい。お札を購入した。

 

▼住吉神社のお札
・自分の部屋に貼ってみた。

 


▼八角神輿
・佃の祭りは江戸を代表する神輿を担ぐ。
・それがこの八角神輿。これは何代目か。
・この神輿自体が佃島の誇り。
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・前述の年は堤防ができたらしい。
・担がれた神輿は隅田川に入っていった。
・当時の隅田川の汚さは尋常ではない。
・住吉神社HPにかような情景が見える。
・ホームのヘッダ部分です。

 


▼住吉神社
・これは意図したわけではない。
・手前のマキの木が、本殿に重なる。
・後ろは超高層住宅。対比がおもしろい。

 


▼佃小橋
・佃島が島であったことの遺構は水路。
・この水路に掛かるのが佃小橋。

 

 

▼佃島map(再々掲)
・「佃小橋」水路の位置を確認してみよう。


 


▼佃小橋から水路
・水路の正面は石川島です。
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・佃島で育った吉本隆明の原風景。
・船大工の息子なので、こんな感じか。

 

 


▼佃天台地蔵尊
・まさか? と思われる細い入口。
・家と家の間、通路ですらなさそう。

 

▼佃天台地蔵尊
・この通路の真ん中のあたり。

 


▼佃天台地蔵尊
・迷路の奥にお地蔵様。

 

▼佃天台地蔵尊
・まるで秘密基地のようだ。

 


▼佃天台地蔵尊
・反対側から出たが、こちらが表口か。
・知らなかった。

★この後は
・月島駅から有楽町線で豊洲駅乗換
・ゆりかもめ乗車
・お台場海浜公園駅下車

・レインボーブリッジを渡る

 

★jump
map 佃の渡し 1964 佃島 佃大橋

 

 

★ここからは「隅田川にかかる橋」の一部分

・佃大橋の理解を深めるために、
・一部、前述の写真と重複させます。
・1964 佃の渡しの3枚も重複します。

 

 

【 04 佃大橋 】

▼佃島map(再掲)
・佃大橋で隅田川を渡り佃島へ。
・神社の向こう側が石川島。

 

 


▼ももCさんのイラスト

 

《 基礎知識 》

 名称:つくだおおはし 
 開通:1964 S39
 形式:箱桁橋
 長さ:476m
 色彩:薄緑
 道路:新富晴海線

▼01 勝鬨橋から望む佃大橋
・佃島のページにも記し、後述するように
・オリンピックの年 1964年
・佃大橋の完成が、佃の渡しの終焉。
・写真では、薄緑のフラットな橋。
・後方の中央大橋と重なって見える。

 


▼02 二つのビル
・右に佃大橋が見える。
・茶色は住友生命ビル。
・とてもスッキリしている。
・中央のグレーは聖路加タワー。
・かなり高い。

 

▼03 佃大橋
・これは2016年の「日本の近代を歩く」で撮影。
・対岸は佃島。奥のビル群は石川島のあたり。

 

▼04 佃島渡船の石碑 佃の渡し 1964
・古い写真を発見。
・佃島側の石碑。
まだ実際に運行中。

 

▼05 佃島の渡し船 佃の渡し 1964
・隅田川をわたり、佃島に向かう。
・たぶん1964年のこと。
・昭和39年、東京オリンピックの年。
・佃大橋の完成に伴い、渡しは廃止される。

 

▼06 佃島に到着 佃の渡し 1964
・佃島に到着します。
・東京都のマークが見える。
・都営の交通機関だったことがわかる。
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・かつて隅田川には、多くの渡し船があった。
・都営では、最後に残ったのが佃の渡し。
・戦後20年近くも存続したことが驚きだ。

 

▼07 佃大橋
佃島側から見た佃大橋。
・橋の姿はあまり印象に残らないかな。

 

▼08 佃大橋
説明板によれば、東京市営になった記念。
・これは佃島側の石碑。

 

▼09 佃の渡し
「佃島渡船場跡」
・中央区教育委員会の説明板。
・佃の渡しの概略がよくわかる説明です。
・そして1964年東京オリンピック年に、
・佃大橋の完成とともに廃止された。
・その意味では隅田川の橋の話でもあります。

 

▼10 佃の渡し
上記説明板の拡大
・これはうれしい。
・東京タワーが見える。
・ということは明石町に渡るのだ。

 

▼11 天安
・由緒ある佃煮屋の天安。
・右の看板は隅田川からも見える。
・詳細は佃島のページを参照。

 

▼12 天安
雰囲気を出してみた。
・手前が隅田川とは思うまい。

 

▼13 佃大橋
橋の裏側はこんな感じ。
・ちょっとあじけない。

 

▼14 佃大橋
湊町、明石町方面を見る。

 

▼15 佃大橋から
佃大橋から石川島方面を望む。
・左はリバーシティ21 
・なかなか壮観で、好みだ。

 

▼16 佃大橋から手前
右は佃1丁目のあたり。
・いわゆる「佃島」はこのあたりを指す。
・川沿いは隅田川テラス。

 

▼17 佃大橋から
現存する三軒の佃煮屋が見える。
・詳細は佃島のページを参照。

 

▼18 佃大橋から
湊町方面を見る。
・奥は亀島川水門。亀島川が合流する。
・オレンジのビルがアクセントになっている。

 

▼19 佃大橋から
聖路加タワーの偉容。
・ビルをつなぐ通路には行ってみたい。

 

▼20 佃大橋から
もう夕方になってしまった。
・何だか見えにくいが、隅田川がよい。

 

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