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2025.5.2
▼湖東三山を歩く
2025.3.12 walk
・近江行き第2日は湖東三山。
・湖東の平野の東側に連なる山々。
・その山腹に天台宗の三つの寺。
▼湖東三山を歩く
2025.3.12 walk
・近江行き第2日は湖東三山。
・湖東の平野の東側に連なる山々。
・その山腹に天台宗の三つの寺。
【 map 】
▼湖東三山map
・地理院地形図より作成。
・西明寺から百済寺まで約10km
・けっこう歩いた。
湖東三山は、琵琶湖東岸の孤島の平野の奥、山腹に位置する天台宗の古い寺院を総称する。秋の紅葉が有名。ほとんどの人は名神高速道を降りて、山麓の車道をバスで移動するらしい。
今回われわれ4名は、湖東三山自然歩道を活用し、西明寺から南下し、金剛輪寺、百済寺を歩いた。
【 近江鉄道 】
▼近江鉄道八日市駅
・ルートイン八日市駅前の部屋から。
・時刻は夕方。
近江鉄道本線の車両
・本線は米原〜彦根〜八日市〜貴生川
・多賀線は高宮〜多賀大社
・八日市線は八日市〜近江八幡
▼近江鉄道八日市駅
・これは本線の貴生川行き。
・色合いがちょうどいい。
▼近江鉄道八日市駅
・これは八日市線近江八幡行き。
・主たる乗客は高校生だ。
・われわれは近江鉄道本線で北上。
・彦根の手前の尼子駅で下車し、
・バス代替の乗合タクシーで西明寺へ。
jump map 近江鉄道 西明寺 自然歩道1
金剛輪寺 自然歩道2 百済寺
【 西明寺 】
▼西明寺惣門
・龍應山西明寺(さいみょうじ)
・天台宗、平安初期 834年に創建
・仁明天皇の勅願とのこと
・承和元年だから嵯峨太上天皇の時代。
・もう少しで承和の変843だ
・乗合タクシーを降り、惣門から入る。
▼石段から二天門を望む
・これは風情がある。
・そして人がいない。
・オーバーツーリズムの春なのに。
・これはうれしい。
▼キャット
・目の前を横切る。
・青い首輪には意味がありそうだ。
・寺の主かもしれぬ。
▼馬酔木(アセビ)
・わりとよく見かける常緑の小高木。
・馬も酔うほどの有毒成分をもつ。
・獣害を避けるために植えられることあり。
・ちょうど花の盛りであった。
▼蓬莱庭
・苔と鬼瓦、手前に鯱鉾。
・手入れをしていた女性に話を伺う。
▼蓬莱庭
・立体感のある庭で、石の中を登る。
・禅寺の庭園とも異なり、野趣がある。
・池には大きな鯉が泳ぐ。
▼キャット
・眼光鋭い。
・われわれを不審者と認定したのか。
・当たらずといえども遠からずだ。
▼本堂をめざす
・誰もいない。静けさは大事だ。
・朝の光が差し込む。
▼本堂(瑠璃殿)
・国宝の本殿。国宝第一号の指定。
・鎌倉初期の建築。屋根は檜皮葺。
・釘を使用していない。
・本堂内では十二神将像などが見られた。
・本尊の薬師如来立像は秘仏で見られず。
★織田信長による焼き打ち
・天台宗であるためか、1571年、比叡山焼き打ちの直後、信長は西明寺も焼いた。
幸い本堂や三重塔、二天門は難を免れた。
★天海による復興
・江戸初期に、徳川家康の命を受け、天海は西明寺の復興を支援した。
▼キャット
・本堂、外の廊下に所在。
・先ほどのキャットの像か。
・青と赤の二匹は、実際の猫に対応。
・そういえば赤い首輪の猫も居た。
▼おびんずるさま
・これも本堂、外の廊下に所在。
・賓頭盧尊者(びんずる)で、自分の痛いところと同じ部位を撫でると、痛みがとれるという信仰がある。
・信濃の善光寺のものが有名だが、各地の寺にもあるようだ。
▼三重塔
・国宝の三重塔。
・鎌倉後期の建築。屋根は檜皮葺。
・本堂同様、釘を使用していない。
・初層内部に巨勢派の画家による壁画(八面)が極彩色で描かれているそうで、特別拝観時に見られる。鎌倉時代の壁画としては現存する唯一のものだそうだ。
▼二天門
・本堂側から見た二天門。重文。
・室町初期(南北朝期か)の建築。
・こちらは柿葺(こけらぶき)
・八脚門とのこと。
・門の直下が急な石段とは思うまい。
▼不断桜
・西明寺のフダンザクラ(不断桜)は、9月から翌年4月まで開花する。
・花はやや小振りで、白い小花である。
・江戸時代の品種改良によるもの。
・なかなか可憐である。
▼二天門
・下から見上げた二天門。
・修行の寺にぴったしだ。
jump map 近江鉄道 西明寺 自然歩道1
金剛輪寺 自然歩道2 百済寺
【 湖東三山自然歩道1 】
▼湖東三山自然歩道
・西明寺を出て、自然歩道に入る。
・急峻だが、整備されている。
・東海自然歩道の一部だろうか。
▼湖東三山自然歩道
・山腹を行くので、アップダウンが多い。
・こういう道が続く。
・イモリは両生類で水辺で生活する。
・ヤモリは爬虫類で陸上で生活する。
ヤモリの足は吸盤のようだ。
・したがってこれはイモリか。
▼湖東三山自然歩道
・実は歩きにくい階段上の木道。
・しばらく前に大雪が降ったそうだ。
▼湖東三山自然歩道
・スギの植林だろうか?
・この辺りで道はわからなくなる。
・斥候を出して、偵察だ。
▼湖東三山自然歩道
・道は平地に下り、田園の中を歩く。
・これは水田か。これから水を入れる。
▼湖東三山自然歩道
・こんな感じがずっと続く。
・私個人で言えば、湖東の豊かさを味わいたいので満足だ。
・道路の先に小さな神社。
jump map 近江鉄道 西明寺 自然歩道1
金剛輪寺 自然歩道2 百済寺
【 金剛輪寺 】
▼湖東三山map(再掲)
・名神高速道の北側を歩き、
・松尾寺という集落から登っていく。
▼金剛輪寺・総門
・松峰山金剛輪寺(こんごうりんじ)
・奈良時代、聖武天皇の勅願で行基が開山。
・平安初期、円仁が訪れ、天台宗の寺に。
・元寇の際には祈願に功あり、本堂再興。
・百済寺とともに信長の焼き打ちを受ける。
・江戸初期に徳川家光や天海の支援で再興。
・道路沿いの総門から金剛輪寺に入る。
・この総門は黒門ともいう。
・聖観音とは、本尊が聖観音菩薩像だから。
▼金剛輪寺
・長い参道を登る。
・ここも人はいない。
・紅葉の名所だけに秋は混雑するらしい。
▼金剛輪寺参道
・途中から石仏と風車が現れる。
・まだつけたばかりのようだ。
▼千体地蔵
・同じ光景がずっと続く。
・前掛けと風車は子どものためか。
・水子地蔵や幼児で亡くなった子への供養か。
▼千体地蔵
・昨日、つけたかのようだ。
・あと数日で春彼岸を迎える。
▼ユリの枯れた花
・何のゆりかはわからないが。
・一度覚えると定着する。
・ピントを合わせやすい。
▼二天門
・草鞋(わらじ)が一対。
・左右に天の仏像が安置されている。
・
▼本堂(大悲閣)
・左斜め先の方から。
・入母屋造だそうだ。
・鎌倉期の建築物。国宝。
・弘安11(1288)年だから元寇直後。
(弘安4年が第二回襲来:弘安の役)
▼本堂(大悲閣)
・真横から。
・入母屋破風がよくわかる。
・なぜか正面の写真はない。
▼本堂(大悲閣)
・読んでもよくわからないが。
・密教寺院だが、禅宗様式の影響あり。
▼三重塔(待龍塔)
・縁起では鎌倉中期1246年に創建。
・本堂の左奥。重要文化財。
・まだまだ登るのか。
▼金剛輪寺
・この掲示では南北朝期の建築。
・江戸後期には相当の破損が進み、
・昭和の改修をもって復元された。
jump map 近江鉄道 西明寺 自然歩道1
金剛輪寺 自然歩道2 百済寺
【 湖東三山自然歩道2 】
▼湖東三山map(再掲)
・金剛輪寺からさらに南下する。
・宇曽川の右岸に古墳公園あり。
・依智秦氏の里古墳公園
▼湖東三山自然歩道
・300基におよぶ金剛寺野古墳群があった。
・長い時間の開発で多くは消滅した。
・渡来系族である秦氏の系統、依智秦氏(えちはたうじ)ゆかりの古墳らしい。
▼依智秦氏の里古墳公園
・これによれば
・金剛寺野古墳群(総称)
・上蚊野古墳群 102基
・蚊野外古墳群 196基
・現在はこのあたりに10基
・上蚊野の神社に 7基
・石室は特異な形式らしい
・横穴式石室 ・・・・・・・・・ 一般的
・竪穴系横口式石室 ・・・ 特異
▼こうもり塚古墳
・もしくは百塚古墳
・円墳。梅がほどよく咲いている。
・あの柵だと牢獄に見える。
▼たぬき塚古墳
・竪穴系横口式石室
・横穴が一段下がっているようす。
・ムカデが出そうで入らなかった。
▼たぬき塚古墳
・竪穴系横口式石室の説明。
・玄室の奥には木棺を置いた跡があった。
>
▼たぬき塚古墳
・竪穴系横口式石室の由来。
・渡来系氏族たる根拠を記載。
▼飛び出し坊や
・古墳公園から宇曽川を渡る。
・飛び出し坊やがあるので東近江市か。
▼湖東の平野
・遠くは観音寺山や安土山だろうか。
・それとも鶴翼山と観音寺山か。
・いずれにしても山の向こうが近江八幡。
・中世において豊かな惣村のエリア。
・このような景観だとしたら満足だ。
▼湖東の平野
・麦と断定できないのが情けない。
・よく整地されている。
▼湖東の平野
・道端の石仏。
・新しい前掛けがかけられている。
・お茶が供えられているのもよい。
▼村の神社
・百済寺方面に登っていく。
・村社だ。読み取れないが田中神社か。
・惣村には必ず一つの神社があった。
▼湖東の平野
・水田はまず「耕地」をする。
・その上で水を入れ、田植えをする。
・弥生以来の日本列島の水稲耕作だ。
▼湖東の平野
・土地の形状に合わせて曲げてある。
・これはすばらしいノウハウだ。
・前述と同じく麦だろう。
jump map 近江鉄道 西明寺 自然歩道1
金剛輪寺 自然歩道2 百済寺
【 百済寺 】
▼飛び出し坊主
・長い急坂を登って、ようやく百済寺前。
・疲れを吹き飛ばす景観だ。
・手に持つのは「百済寺樽」という地酒。
・調べたら百済寺樽プロジェクトあり。
・2017年から藤田さんという人が始めた。
・室町期どぶろくの時代、百済寺ではすでに清酒を醸造していた。それは「百済寺樽」いうらしい。
・しかし百済寺は信長の焼き打ちにあった。今、444年の時を超えてそも清酒を復活させようという地域プロジェクトだそうだ。
・そして飛び出し坊やも八日市の産物。
・したがってこの景観はダテではない。
・釈迦山百済寺(ひゃくさいじ)
・厩戸王(聖徳太子)が606年に勅願して開基。
・607年が小野妹子の遣隋使であるし、11Cまで百済寺は史料には出てこないので、そのまま信じるわけにはいかないが、言い伝えとしても古い。
・ちなみに厩戸王関係の寺は、四天王寺と法隆寺である。

・ここを記していたら、信長の「天下布武」の朱印状が百済寺で発見されたとのニュースが飛び込んできた。あんまりなタイミングだ。
・「天下布武」とは、信長が武力によって天下統一する意志を示したものとして評価されている。これは戦国の世を終わらせて、統一政権をめざす意志を他者に対しても表す。その志向性を明示する指標だ。他の戦国大名には見られぬ視点。
・しかし百済寺を安堵すると保障しておいて、焼いてしまうのだからすさまじいものだ。
▼蝋梅
・蝋梅にしては花の数が少ない。
・写真としては、このほうがよい。
・季節が少し遅いようにも思う。
・よって蝋梅(ロウバイ)と断定しにくい。
▼百済寺の菩提樹
・本堂脇の千年菩提樹から分けたもの。
・菩提樹は仏教徒にとって最も大切な木だ。
▼石段を登る
・どこまで登るのだろう。
・仁王門は見えもしない。
★今になってみると驚くのは
・この左右の大変広いエリアに、「一千坊」と称される建物があり、天台の道場として勢力を誇ったこと。
・それらが信長により焼払われたこと。
・古代〜中世の仏教勢力は、世俗の勢力(戦国大名〜信長〜秀吉)によって骨抜きにされていった。
・いいとか悪いとかではなくて、それが「近世」ということなのだろう。
▼仁王門
・2.5mの草鞋(草鞋)が一組。
・金剛輪寺の仁王門と一緒だ
・
▼〆縄?
・神社ではなく、お寺にもあるのか。
・こちらが無知なだけか。
▼本堂
・今冬は国内各地で大雪だった。
・本堂の標高は350m(地理院地図)
・近江のこの標高で残雪があるのは驚き。
▼なだら坂
・石段を避けて、緩やかな坂を下る。
・疲れた足にはちょうどいい。
▼千年菩提樹
・焼き打ちの猛火にも耐えた菩提樹。
・百済寺の歴史を象徴する樹木。
▼鐘楼
・百済寺の梵鐘は、余韻の長さと音色の美しさが特徴らしい。