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2024.6.8
▼鶴見2:総持寺
・神奈川県横浜市鶴見区
・曹洞宗の大本山総持寺
・総持寺HP
・曹洞宗HP
2024.5.22 walk
2024.5.25 up
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▼鶴見2:総持寺
・神奈川県横浜市鶴見区
・曹洞宗の大本山総持寺
・総持寺HP
・曹洞宗HP
2024.5.22 walk
2024.5.25 up
【 総持寺境内 map 】
▼総持寺境内 map
・三門のあたりにあった掲示板から。
・とてもわかりやすい。
・総持寺HPの境内マップが詳しい。
【 三門から入る 】

▼曹洞宗総持寺
・京浜東北線鶴見駅から5分。
・これまで全く関心がなかった。
・鶴見は2回目だ。昨秋永平寺に行ったのだから、總持寺にも行こう。

▼三松関
・総持寺の総門に当たる。
・右手の奥に大きな三松閣がある。
・そこは曹洞宗信徒の研修場。
・扁額には「三樹松関」と書かれている。

▼葉がつやつや
・ちょっとわからん。
・総持寺境内の常緑樹。
・

▼青紅葉
・空を背景にしたカエデは好ましい。
・新緑のころのカエデを青紅葉という。

▼場所の確認 map再掲
・ロータリーのような箇所へ。
・ここから右に曲がる。

▼ロータリーのような
・ここが総持寺の要所だ。
・中央にクスノキの大木。
・右に行くと本堂。
・左に行くと三宝殿エリア。

▼総持寺
・受付のあたり。奥は金鶏門。
・「七〇〇回大遠忌」とは何ぞ。

▼香積台
・総持寺の総受付らしい。
・こうしゃくだい。桐の紋様。
・大きなしゃもじとすりこぎがある。
・入らなかったことには悔いが残る。

▼アツバキミガヨラン
・寺院によくありそう。
・違うかもしれないが。
・Google Lenz による。
【 仏堂と大祖堂 】

▼金鶏門
・本堂へ行くにはこの門をくぐる。
・まだだいぶ先だ。
・金鶏とはあけのとり、よって朝を表す。

▼仏殿
・本尊を安置する大きな建物。
・1915(大正4)年の竣工。
・近代の建築物には見えない。
・焦点距離50mmで撮影。

▼仏殿
・iPhoneで撮影。
・広角になると雰囲気も変わる。
・違う建物みたいだ。

▼仏殿の紋様
・幾何学模様だ。
・何かを象徴しているのだろうか。

▼仏殿の窓
・花頭窓(火灯窓)のようだ。
・本来は禅宗様の窓で、総持寺は禅寺だ。
・ただ他宗や城郭の建築でもよく使われる。

▼仏殿の壁面
・よくある留め具なのだろうが。
・これもシンメトリー。

▼仏殿前
・これもシンメトリーだ。
・左右対称だと、気持ちがおちつくのか。

▼仏殿の樹木
・隣の建物から仏殿を望む。
・二本の大樹は非対称だぞ。
・色も異なる。これもよし。

▼放光堂
・仏殿の手前左側に位置する。
・幕末に、鶴岡の寺の本堂として建立。
・移転直後の総持寺に献納した。
・当初は大祖堂として使われたとのこと。
・なかなか調和がとれている。

▼大祖堂
・七堂伽藍中で最も重要な堂らしい。
・「太祖瑩山禅師と高祖道元禅師、二祖・峨山禅師をはじめとして、歴代の諸禅師の頂相を安置し、あわせて諸尊牌をも奉祀する靈場」
・「昭和40(1965)、二祖・峨山禅師の600回大遠忌を記念して、ようやく竣工・落慶しました。」
・これは総持寺HP:大祖堂の記載。
・瑩山が道元より先に記されている。

▼大祖堂
・大祖堂は「太祖瑩山」の堂なのか。
・いや、一般的な祖堂の大きなもの。
・祖堂は偉大な先人たちを尊ぶ建物。

▼大祖堂
・写真の歪み。
・額の水平線を揃えると下が歪む。
・それもけっこうな歪みだ。
・理由を説明できないのは悲しい。

▼大祖堂の灯篭
・灯篭は適度な錆が出てゆかしい。
・八角なのは東大寺大仏殿と同じ。

▼大祖堂から仏殿を望む
・しっとりと落ち着いた景観。
・樹々の緑が美しい。

▼紫雲臺
・しうんたい。表方丈の間。
・僧侶、檀信徒と相見する大書院
・太祖堂を出てから左側に所在。
・総持寺HP:紫雲臺
【 伽藍の周辺 】

▼アントニオ猪木
・イノキの墓があるようだ。
・太祖堂の裏手の墓地を訪れた。
・猪木らしい墓と言える。
・まさかここで猪木に会おうとは。
・世代がら、少年期のヒーローである。
・戦時中の1943年、横浜市鶴見区に生誕。
・鶴見の中学校在学中に家族でブラジルへ。
・ブラジル遠征中の力道山にスカウトされ、
・1960年ジャイアント馬場と同日デビュー。
・以下は省く。

▼燃える闘魂
・一人の選手のキャラクターを、
・これほど魅力的に置き換えた語
は知らない。スローガンを超越。

▼墓碑
・猪木の波瀾万丈の生涯は、あやしい事業癖などスキャンダラスな部分も含めて彼自身のものである。夢を与えられた人や励まされた人や、迷惑をかけられた人もあまたいたであろう。これはこれで昭和後期のヒューマンヒストリーと言えると思う。
・有志一同(もしくは協賛)に東京スポーツ新聞社があるだろうかと思ったら、案の定ありました。

▼大西瀧治郎
・猪木の隣に大西瀧治郎の墓あり。
・これは友人たちによる墓碑。
・大西瀧治郎は海軍中将。
・大西は海軍航空の建設と運営に関わる。
・特攻隊(海軍神風特攻隊)の主導者。
・1944年10月敗勢が決定的になった状況。レイテ沖海戦の直前。
・フィリピン、マニラ近郊のマラバカット基地から自爆攻撃の航空隊が出撃した。戦闘機(零戦)に250kg爆弾を装着して、敵空母(米海軍)に突っ込む作戦であった。
・どのような攻撃でも、事後の生還方法を考えるわけだが、これは最初から生還を期さない自爆攻撃である。これ以降、水上特攻などさまざまな自爆攻撃が考案される。これはとても重い話であり、自発的であるかどうかがポイントであろうが、周囲から追い詰められれば、自発的とはいえないだろう。
・大西がどこまで主導したのかは異説もあるようだ。とりあえずここまで。

▼カメヤマローソク
・お寺はローソクの市場。
・よく見かけるので気になった。
・カメヤマ株式会社 HP
・本社大阪市 非上場
・国内ローソク最大手 シェア5割
・1937年三重県亀山市が由来の地。
・宮大工の谷川兵三郎が創業。
「引退後も神に仕える仕事がしたい」
・キャンドルでも最大手。

▼相承
・曹洞宗の歴史:HP
・永平寺から分かれ能登に諸嶽寺を建てた。
・1321 瑩山禅師が諸嶽山総持寺とした。

▼相承
・歴代の禅師、僧侶が受け継いで発展させてきた。それを相承というようだ。
・総持寺ではその継承を重視する。

▼電話ボックス
・これは戦前の電話ボックスか?
・開かないように紐で留めてある。
・遺物として置いてあるのか?
【 三宝殿エリア 】
▼総持寺境内 map(再掲)
・境内図の下部に丘がある。
・どれどれ。
▼三宝殿エリア map
・このエリアの拡大図。
・けっこうな傾斜になっている。
・奥には三宝殿。
・少し離れて大梵鐘。
・さらに穴熊稲荷。神仏習合か。

▼三宝殿の掲示
・本山鎮守の三宝大荒神を祀る。
・これは神仏習合だ。
・仏法僧の三宝を守護する。
・「仏法僧」は案外わかりにくい。
・仏は悟りを開いた人。釈迦にあたる。
・法は「世界のことわり」らしい。
人間の計らいを超えた、大きなもの。
釈迦はそれを「ダルマ」と呼んだ。
・僧は狭い意味での僧侶ではなく、
先人も含め信じる人たち全般らしい。
・仏宝、法宝、僧宝の三宝を大切に。
・仏宝は悩みから解放してくれる仏さま。
・法宝は悩みから解放してくれる教え。
・僧宝は悩みからの解放を求める仲間。
・厩戸王の十七条憲法の二つ目に
・篤く三宝を敬え。三宝は仏法僧なり。
・という有名な箇所がある。
・『日本書紀』推古4年の記事
・後世の創作との見解もあるが、
・今ようやく少しだけ理解できた。

▼桜木観世音菩薩
・国鉄桜木町事故供養塔
・1951(昭和26)年4月26日
・京浜東北線桜木町駅の火災事故
・死者106人に及ぶ列車事故。
・電線がショートしたことが原因
・満員の乗客は車内から逃げられず
閉じ込められて被害が拡大した。
・国鉄鶴見事故遭難者供養之塔
1963年の列車脱線多重事故
鶴見〜新子安間で脱線した貨
物列車の車両が、別の旅客列
車に衝突した。死者161人。
戦後最大の列車事故であろう。
・総持寺には後述の海難事故など
各種の慰霊碑(慰霊塔)がある。

▼桜木観世音菩薩
・1951年はまだ占領下。
・SF講和の年。
・まだ復興に邁進していた時期。
・交通事情も悪く、昼なのに満員。

▼三宝堂への石段
・登っていく石段が見える。
・なかなか傾斜はきつそう。

▼方位志るべ
・かような石があった。
・江戸時代かと思いきや明治。

▼平成救世観音
・2011年の東日本大震災の慰霊。
・元は仏殿近くの聖観世音菩薩像。
・改めて平成救世観音と命名した。
・最も近年の仏像である。
・第一次世界大戦のこと
・劣勢のドイツは無制限潜水艦作戦。
・これがアメリカ参戦を招来する。
・しかし日本郵船は欧州定期航路
を継続し、貨客船の運航を続ける。
・日英両国政府の強い依頼もあった。
・1917年5月、日本郵船宮崎丸
・独潜水艦により英国沖で沈没。
・死者8名。
・1917年10月、日本郵船常陸丸
・独巡洋艦に大西洋で拿捕、後沈没。
・死者16名。
・1918年10月、日本郵船平野丸
・ドイツ潜水艦(Uボート)により
アイルランド沖で撃沈される。
・死者210名。

▼さまざまな石碑
・殉難船員之碑
・日本郵船が1919年に建立した。
・震災で倒壊したが27年に再建した。

▼さまざまな石碑
・自由党追遠碑、ちょっと驚く。
・自由民権運動の、かの自由党。

▼さまざまな石碑
・自由党大阪事件記念碑
・本文には「追念碑」とある。
・自由党追遠碑とは別の石碑。
◎大阪事件の概略
・自由民権運動の激化事件。
・他の事件とは様相が異なる。
・1885(明治18)年
・旧自由党左派の大井憲太郎が
・景山英子の同志と図り、
・独立党支援のために朝鮮国での
クーデタを計画して検挙された。
・これはたいへんわかりにくく
背景も含め説明が必要になる、
・1884年が激化事件のピーク
松方財政下のデフレ状況で
民権運動を支えた豪農層が破綻
自由党解党、加波山事件
そして秩父事件が続く
85年の大阪事件も激化事件
・民権運動は抑えこまれる。
・しかしなぜ国外でのクーデタが
民権運動に関係するのだろう。
・もう一つの背景は朝鮮情勢
1882 壬午軍乱
1884 甲申政変
金玉均の独立党(親日派)
のクーデタは鎮圧される
閔氏政権は中国寄りに
1885 大阪事件
・朝鮮独立党を支援し、朝鮮の立憲
運動を支援する。返す刀で退潮著
しい民権運動の挽回を図る?
・大学紛争後の連合赤軍の動きに重
なるものがある。
・大アジア主義にも連なるだろう。
・この碑自体は東京府南多摩郡の
旧自由党員関係者が1931年建立。
大阪事件逮捕者の子孫らしい。
・前述の「自由党追遠碑」も同様
の人たちが1921年に建立。
・なぜ総持寺にこれらの碑がある
のかわからないが、総持寺が多
様な事件を受容してきたからか。

▼三宝殿鐘楼
・古めかしくて立派な鐘楼あり。
・鐘楼の下で談笑する二人あり。

▼穴熊稲荷
・総持寺鎮守の神社。
・穴熊稲荷大明神が祀られる。
・総持寺の移転に際し
穴熊の巣を破壊してしまい、
その鎮魂のために建てたとの説あり
・どうもその穴熊はたぬきらしい。

▼穴熊稲荷
・稲荷の連続する鳥居。
・伏見大社の影響なのか。

▼三松関から退出
・総持寺の総門に当たる。
・裏側も個性的だ。
・出る人へのもてなしだろうか。

▼総持寺
・退出して振り返る。
・今は左側の掲示の意味もわかる。
・左の建物は鶴見大学。
・総持寺を母体とする学校法人。
・禅の心を見学の精神としている。

▼総持寺前
・総持寺を出るとすぐに鉄道線路。
・通り過ぎる東海道線の青い電車。
(東京上野ライナー)
・橋桁の上はかの鶴見線。

▼鶴見駅西口
・JR鶴見駅西口。
・バスターミナルは東口にあり。
・長い自由通路で東口に行ける。